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【読書感想文】ぼくの伯父さんー伊丹十三

ぼくの伯父さん


『ぼくの伯父さん』は2017年に発売された伊丹十三監督の単行本未収録のエッセイ集です。

伊丹十三監督と言えば『マルサの女』や『マルタイの女』で有名な映画監督です。

映画監督です、と、書きましたが当時マルチタレントとしてメディアに露出していたようですが、
私世代では映画監督のイメージが強いです。

私はエッセイを久しぶりに読みました。

学生の時にキンドルアンリミテッド(アマゾンの電子書籍読み放題サービス)で
村上龍氏のエッセイがすべて読めたのでダラダラと読んでいました。

エッセイは知的好奇心を猛烈にくすぐられたり、
予想外の展開にアドレナリンがドバドバ出ることはありません。

しかし、著者の脳みそを覗いているような、
居酒屋でダラダラ話しているような良さがあるように思います。

このエッセイでも、
「おしゃれはシンプルであるべきだ」とか

「男のおしゃれは靴下や靴などに力を注ぐべき」とか

「老人がほっそりしているのは弱っているからではなく細くない者は
老いる前に死ぬからだ」とか

伊丹十三監督の個人的な見解に、
笑ったり共感したりしながら読み進められます。

中でも印象に残っているエッセイは、
伊丹十三監督の息子を公立の小学校に入学させるべきか、
私立のエリート校に入学させるべきか迷っていると書いております。

公立校の魅力について、

「公立校は社会の縮図だ」と述べております。

万引きに誘われたり、
いじめられたり、
解答は合っているのに字が汚いからといい減点されたり、
頭がいい人がいて、
頭の悪い人がいて、
家庭の所得も様々。

実際、我々が生きている社会もそのような人間で構成されています。

私も小、中、高すべて公立の学校ですし、
学生の時アルバイトをしていて一番良かったと思っていることは、
様々なライフスタイルが世の中にはあるとわかったことです。

たまに
「新入社員が一人暮らしで貯金なんて無理。」
「働きながら勉強なんてできっこない。」
「フリーターでずっと生きていけるわけがない。」
等の世論があり、そういったケースが多いのも重々承知ですが、

一般常識の枠組み外で生きている人も一定数いると知ることも大事かと思います。
そして本人がよければ何も問題ないのです。

確かにエリート校に進むメリットもすごくありますけどね。

このようにかなり私的な内容のエッセイが多く、
映画についてはあまり触れられていませんが、
バーや喫茶店でたまたま会ったおじさんと話しているような
そんな面白さがありました。

伊丹十三監督の映画が好きなの人もそうでない人も楽しめるかと思います。

私はダラダラ何週間もかけて読んでしまいましたが、
パラパラめくりながら興味がある箇所のみ熟読してもいいかと思います。

そういえば、私も本が好きで「速読派か!?熟読派か!?」などという
どうでもいい話にたまになるのですが、
私は本なんてものは娯楽でテレビを見たりゲームしたりするのと同列に考えているので、
読む速さを意識したことはそんなにありません。

ただ飽きてきたり興味を持てない内容になると流して読み、
興味ができたり、面白くなってきたらじっくり読んだりします。

読んだ本をノートにまとめよう!
とかよく言いますが、私はみんながそうすべきだとは思いません。

私はまとめている時間があればさっさと寝るか、
次の本を読んだ方がいいのかなあと思います。

HONZの代表の成毛眞氏も「読んでいるとき楽しければそれでいいと思っている」
とおっしゃっていたので安心しました。

などとダラダラ読むことを自己肯定したところでやめておきましょう!

以上。
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【メルマガ】ルック・オブ・サイレンス

どうも、連休で高校生の時に見ていた『輪るピングドラム』というアニメを見返しました。
すごく面白かったです。印象的なシーンは比喩として出てくる、「子供ブロイラー」です。
子供ブロイラーでは集められた子供が粉々にされ均一の箱に収納され皆が同じ形にされてしまいます。

社会と教育により飛び出したものを叩き、引っ込んだものを押し込むことで、
皆が「普通」であることがイイという価値観を押し付けられながら大人になっていく。

この箱から出ること、運命、生存について描かれております。

以下、メルマガのコピペ↓
ルックオブサイレンス


今回の映画は2014年公開のドキュメンタリー映画、『ルック・オブ・サイレンス』です。

前回の『アクト・オブ・キリング』の続編です。

前回のアクト・オブ・キリングではインドネシアでの虐殺に関わった人々への
インタビューを通じ、虐殺を行った人がなんとも言えぬ心境に陥り、酷い嗚咽で締めくくられます。

今回のルック・オブ・サイレンスに関する記事がWikipediaにありませんでしたので、
あらすじのコピペを載せられません!

予告編↓


ざっくりとしたあらすじを書きます。

本作の監督であるオッペンハイマー監督にアディさんというメガネの訪問販売をしている方が協力し、
自分の兄を虐殺した人々の家を「無料でメガネを作りますよ~」と訪問しに行くというドキュメンタリーです。

検眼をしながら何気ない会話から始まり、
アディさんは「ところで65年の虐殺に関わってますよねえ?」と、切り出します。

それに対し、

「やったねぇ!100人ぐらい殺したかな!女もいっぱい殺したよぉ!」

「いっぱい刺したのに中々死なないんだ!だからそこの川に捨ててやったよぉ!」

と気さくに答えてくれます。

前回も書きましたが、インドネシアの虐殺は国では称えられているため皆自信満々に答えます。

眼鏡についての質問と、虐殺についての質問を織り交ぜながら、核心に迫ります。

アディさん「ところで、ラムリって人知ってますか?」

虐殺者「ああ!知ってるよ!殺したねぇ~」

アディさん「あのね、その、ラムリって人は私の兄なんですよ」


この展開に虐殺者はシドロモドロになり、混乱します。

「俺は頼まれたからやっただけで、本当は人なんて殺したくなかったんだ!」
「不愉快だ!帰ってくれ!」

などと急に手のひらを返します。

そうして何件か巡っていくのがルック・オブ・サイレンスです。

人の命を奪いながらも命令されて殺しただけだから自分には責任がないと言い張る。

色々と考えさせられる映画です。是非ご覧ください。

以上

【メルマガ】アクト・オブ・キリング

あけましておめでとうございます。町野です。
大バックギャモンブームで年末年始の休みを終えましたが、
いつまでもサイコロ振ってる場合じゃないので切り替えて頑張ります。
以下、メルマガのコピペです。


今回の映画は2012年製作のイギリス・デンマーク・ノルウェーのドキュメンタリー映画、
『アクト・オブ・キリング』です。監督は、ジョシュア・オッペンハイマー監督。

この監督の長編映画で日本公開されている物は、
『アクト・オブ・キリング』と『ルック・オブ・サイレンス』だけです。

まず『アクト・オブ・キリング』のwikipedia先生の概要です↓

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1965年、時のインドネシア大統領・スカルノがスハルトのクーデターにより失脚、
その後、右派勢力による「インドネシア共産党員狩り」と称した大虐殺が行われ、
100万人以上が殺害されたといわれている、9月30日事件を追った作品。

当時、虐殺に関わった者たちを取材し、
彼らにその時の行動をカメラの前で演じさせて再現するという手法をとった異色のドキュメンタリー映画である。

なお、製作に関わった多くの現地スタッフは、事件がインドネシア国内では未だにタブーであり、
名前を明かすことが様々な危険を伴うとの理由から、“ANONYMOUS"(匿名者)としてクレジットされている。

2014年には姉妹編『ルック・オブ・サイレンス(英語版)』が公開された。
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中々わかり易い概要で良いと思います。

そして予告編です↓


スカルノ大統領はみなさんご存知、デヴィ夫人の旦那です。
(旦那と言っても第三夫人ですが)

日本人的には歴史の授業でナチ党がユダヤ人を虐殺した話は勉強するので、
聞きなじみあるかと思いますが、インドネシアの虐殺についてはあまり知られていないかと思います。

(と、書いたもののろくに教養もない私ですから私以外のほとんどの方は知っている恐れもありますが、、、)

現在、その虐殺にかかわった人々はインドネシアでは英雄として扱われており、
政権の人々もこの虐殺を行った側の人であるため国内では悪い事をしたという認識がないそうです。

学校でもそう教わるようです。

そのため、インタビューに応える人は快く、面白可笑しく、
どのように、大量に、残酷に人を殺したかを演じてくれます。

「女も子供も殺したよ~ガハハハハハ~」とか言いながら。
当時の再現や証言をしていきます。

そんなインタビューと当時の再現を続けていく中、
彼らは少しずつ自分の行ったことに気が付いていく、表情の変化に注目です。

人は一定の環境を与えられると誤ったことを正しいと思い込んでしまう生き物みたいです。

当時の政府に対し憤りを感じた集団が、
正しさを主張し反乱を起こした結果、今の政府があるわけです。

今、フランスで行われているデモでは車をひっくり返し火をつけ
ショーウインドウを破壊し社会に多大な迷惑をかけることにより、
実際、マクロン大統領が動かざるおえなくなっております。

日本で人が集まりゾロゾロ並んで叫ぶ程度のデモよりも、
フランスでの関係ない人の車をひっくり返して火をつけるデモの方が成果をあげてしまうのです。

虐殺する行為は誤っているけれども当事者は加害者であり被害者でもあるように思えるのです。

と、私の感想はこのくらいにしますので、
是非ご覧になってみてください。

以上。